優れたアートを買うことは、投資である。芸術家の才能を早くから見出し、作品を買うことによって、世に認められるサポートをする。コレクターの役割は大きいが、さらに社会に豊かなアートシーンを育てるために慈善活動として私設美術館を作った人がいる。

今いちばん熱い場所がどこか知りたく、デリーのギャラリストやアート関係者におすすめのスポットを聞いてみると高確率で「キラン・ナダール美術館」という答えが返ってきた。キラン・ナダール/Kiran Nadarというインド有数のアートコレクターが、2010年に設立したインドで初めてのプライベート・ミュージアムである。

キラン・ナダール美術館/Kiran Nadar Museum of Art(KNMA)

Address
Kiran Nadar Museum of Art – NEW DELHI
145, DLF South Court Mall, Saket
New Delhi, Delhi 110017
+91 (0)11 4916 0000
開館時間 10:30am – 6:30pm

Kiran Nadar Museum of Art – NOIDA
Plot No.3A, Sector 126,
Noida, Uttar Pradesh 201303
+91 (0)120 468 3289
開館時間 10:30am – 6:30pm

休館日 月曜、 祝日(パブリックホリデー)
http://knma.in/

Kiran Nadar Museum of Art, NEW DELHI。18,000 sq.ft. (約1672平方メートル) の大きな敷地はショッピングモールにある。

きっかけは家に飾るアートを見つけるためだったという。アートコレクターとして美術を収集し始めると、知識を増やし、アートに魅了され、コレクションは膨大な量に増えていった。倉庫に入れておくより、アートは一般に共有されるべき。それにアートは見られるべき、話題にされ、議論され、評価されるための拠点・交流の場となるスペースを作りたい、という彼女のアイデアを実現したのがこの私設美術館。

インドのテクノロジー会社HCLの創設者であるシブ・ナダール/Shiv Nadarを夫に持つ彼女は、自身も理事をつとめる財団のファンドを資金に、意欲的にインド人モダン・コンテンポラリーアーティストによる作品を美術館のコレクションに加え続けている。2017年に5500点に達したコレクションは、個人の所有物としてではなく後世に残す目的で運用される。

商業ギャラリーではなく私設美術館という選択は、公共性にこだわり文化的な豊かさのある社会を作るためだ。アメリカを見ると、近現代美術の殿堂であるニューヨーク近代美術館(MoMA)をはじめ、ホイットニーやグッゲンハイムもしかり、財団によるコレクションからスタートしている。

著名なインド現代アーティストの1人、JITISH KALLATの作品。

特筆すべきは、以下の2つの点から、政府の美術館ができないことを補う存在であると言えることだ。1つは、批評性のある作品を含むコレクション。重要でありながら保守的でない、インド社会のタブーに触れたようなテーマの作品をも扱う。

次に、美術鑑賞者の育成。「価値ある芸術作品を収蔵するだけでなく、アート作品を通じて、創造的な表現を身につける場としての美術館であることを目標とする。」とし、若い世代へ美術教育に力を入れている。大人向けと子供向けの参加型のワークショップセッション、作家トークビデオスクリーニングなども随時開催されている。

M.F.Husainの初期の作品を展示した部屋で行われていたワークショップ。

【展示の紹介】
『STRETCHED TERRAINS』
ステートメントより抄訳
『STRETCHED TERRAINS』は数十年間に起こった「近代性/modernity」を探求している。地理的・社会的特徴のように多種多様に独立しながら相互に関連する、7つの展示から成る。

M.F.Husain、F.N.Souza、S.H.Razaの深遠なる絵画の展示と、5人の建築家によるデリーのモダニズム建築のハイライトから、インド美術のモダニズムの質感と傾向を探る。別の軸では、現代アーティストのAtul Dodiya、Mithu Sen、Pushpamala N、Navjot Altafの一連の作品の展示を結びつけ、様々な結合点で「モダニズム」という語彙を批評し楽しむ。2つのアプローチをエキサイティングに繋ぐのは、1969年から1972年の間にボンベイで開催されたVision Exchange Workshopのドキュメント映像と巨匠M.F.Husainを撮影したParthiv Shahの写真の展示だ。

1960年代から80年代の建築家、Raj Rewal、Mahendra Raj、Kuldip Singh、Habib Rahman、Kanvindeによる模型や図面と記録写真。
インドのピカソと言われたM.F.Husain。ヒンドゥの神々や女神の裸身を描いたことで訴えられ、国外に追放された。Parthiv Shahによる写真。
キリスト教やヌードの女性をモチーフに強く大胆な線で描いたF.N.Souzaの作品は出身地ゴアの民俗芸術の影響も受けている。
S.H.Razaは1950年にパリに移り住んだが、祖国インドを想起する作品を残している。
日常からのリアリスティックな宗教・政治的な洞察をするAtul Dodiyaのインスタレーション作品。

20年以上にわたるナダールのコレクションは、インド美術史における19世紀後半からのモダンから、コンテンポラリーのすべての主要範囲をカバーしている。その膨大なコレクションの中から、新しいコンテキストで編み直されたキュレーションは見応えがあり、新しい発見がある。

今回の展示は、地理的(地域と社会)空間的(建築とアート)時間的(アートシーンのモダンとコンテンポラリーの合流点)な接点と、加えて概念や想像力の境界線を「伸ばす」ことを試みたのがキュレーターの意図だ。

印象に残ったのは、巨匠の残した性的タブーへの挑戦的な絵画(ここだけは密室で写真撮影不可)などから、現代アーティストに批評的な精神が引き継がれたように感じたこと。

Mithu Senのドローイングはジェンダーの認識を問う。

インドの公共の美術館では、アート作品のぞんざいな扱いを見たことがあるが、ここではアートを見るのに最適なライティングと空間を実現し、作品の良い保存状態を保つことにも気を配られていることがわかる。

展示作品のダイジェストと解説を記載したブックレットも配られていた。バックグラウンドの知識があるかないかで楽しみ方が変わってくる現代アート。その魅力を広く普及するため、行き届いた工夫が随所に見られる美術館だ。

アートからは、インドの「今」を知ることができる。アーティストたちの表現をぜひ目撃してほしい。

参考サイト
The Economic Times YourStory
写真は許可を得て撮影されています。無断使用を禁止します。

写真・文=小林洋子

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