オリッサ州の山岳地域の村々はイカット/Ikatの産地として有名である。
イカットとは、日本語で絣(かすり)織物のこと。あらかじめ糸を括って染めておき、柄や模様を出す先染めの織物のことをいう。中でもダブルイカット/Double Ikatは、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)をそれぞれ染め分けて計算された柄を出すため、高い技術が要求される。現在残っているダブルイカットの産地は、日本(沖縄)・インドネシア(バリ島)・インド(グジャラート、オリッサ)の数カ所しかなく、特に貴重な技術であると言われている。

オリッサ州には数えきれないほど織物の村が点在しているが、今回の取材先はブバネシュワールから日帰りできる距離のヌアパトナ/Nuapatnaとした。

村へ行く道の途中、最近できたという真新しい大きな橋を渡る。インド東部で860kmにまたがる最大級の河川。このマハナディ川は大きな川という意味だ。
400-500km先の上流、サンバルプールのダムでは水力発電が行われていて、この地域一帯の電力の安定供給を担っている。ここまで舗装された道路だったが、橋の先の道は、工事中の場所がところどころに続く。ここはちょうど山岳地帯への入口エリアだが、山の奥地までの交通の便が整うのはまだまだこれからなのだろう。タクシーは未舗装の道で土ぼこりを上げながらトラックや牛の群れとすれ違い、2時間ほどで目的地に着いた。

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ブバネシュワールの市街地を抜けて30分もするとすぐ牧草地帯に入る。痩せた牛が飼われていた。

ヌアパトナに着いてから、「この辺りで織物をやっている人を知りませんか?」と、尋ねる。
オリッサ州の村では英語がほとんど通じず、地元オリヤー語が話せないと現地の人と会話をすることができない。タクシーの運転手が、聞き込みを手伝ってくれた。すると商店街の男性がすぐ「知っているよ」といって、その10分後にはマエストロと呼ばれる織物のマスターに会うことができた。彼は織り手の指導もしており、この近所一帯をまとめているという。

マエストロのパラディープさんによると、約3,000人の人口のほとんどが布に関わる仕事や織り職人をしているというこの村。村の中心には、片道一車線のメインロードが一本だけまっすぐ走っている。そこから放射状に路地が広がり、個人宅が点在する。パラディープさんのお宅にお邪魔すると、職人と織り上がったシルクのサリーをたたむ作業をしているところだった。

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模様が織り込まれた美しいシルクのサリー

ここのヌアパトナの地域一帯は、昔からヒンドゥー教の4大聖地であるプリーのジャガンナート寺院に、シルクの織物を奉納していることで知られている。パラディープさんも少し誇らしげに「うちではジャガンナート寺院に納めるための布も織る。寺院の柄とネーム文字が入っているよ。寺院からオーダーがあったら、織るんだ。」と教えてくれた。

いつもは、インド各地の大型サリー販売店より注文が入る。「基本的にはオーダーがあってから、シルクの織物は織る」という。おおよその売価があるようだ。パラディープさんは店にシルクのサリー1枚を4,000ルピーの価格で納めている。店は8,000ルピーの定価だが、セールでは6,000ルピー程度の売価になるようだ。(記事作成時:1ルピーは約1.7円)

パラディープさんの自宅から3分ほど歩いたところにある、スレッシュさんの工房を見せてもらった。シルクサリーのための機械織りの工房だ。工房に入ると大きな2台の機械織り機がある。中央に立って、前後の織り機を同時に2台動かすという。彼はベテランの職人だ。経糸の間に緯糸を通すシャトルは、小気味良い音を立てて右左を繰り返し往復している。


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ここで、あらかじめ染められている糸は、冒頭で説明したイカット特有のものだ。この糸の染めの工程は今回は見ることができなかったが、高い技術を必要とし、なにより多くの時間がかかる。機械で織る工程自体は、柄や模様の複雑さによりけりだが、平均5時間程度で1枚のシルクのサリーが織り上がるそう。

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織り機の前に立つ職人スレッシュさん。

次に、さらに数分歩いた先にある、コットン素材の手織りの工房に案内された。織り手の女性は、ビラスニさん。家の入口近くの小さな部屋にある織り機にひらりと上って座り、織って見せてくれた。足で織り機をカッタンカッタンと動かしながら、手でシャトルを左右に滑らせる。

部屋の入口にはオリッサ州のシンボルのようなジャンガナードの神様がいて、こちらを見て笑っていた。シャイな彼女だったが、お姉さん夫婦家族と記念写真に収まってくれた。家の土壁にはお姉さんが描いた絵がある。

手織りは時間がかかりすぎる。コットン素材の手織り職人の経済的な状況はとくに苦しい。パラディープさんによると、1日あたりに換算すると50Rs程度の稼ぎにしかならないという。ブバネシュワールのショップでは5mの綿のサリーはセールで800ルピーの売価になっていた。一般の消費者は、機械織りか手織りかさほど気にして購入するわけではない。

ビラスニさんによく似合いそうな明るい色あいのサリーが外に干してあったが、それは自分で織ったものではなく、機械のプリントが施された安いサリーだという。織ったサリーを売って、それより安い値段のサリーを街で買っているようだ。

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ビラスニさんとお姉さん夫婦とその子供と。

最後にアショックさんの手織りの工房へ。リズムよく、数ミリずつ、確かに、少しずつ、織っていく。隣で、奥さんと子供がそれを見ていた。ここの村は家族代々ずっと織り職人としてやってきている。見せてもらった織り機はみんな使い込まれた年代物だった。

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アショックさん夫婦と子供と。

写真・文=小林洋子

取材場所
Nuapatna Tigiria Cuttak / Ikat

取材先
マエストロ
/ディーラーさん
Silk Sareee Meocanl
Mr.Pardeep Kumar Kundu

織り手、機械織りの職人さん
Mr.Suresh Kumar Tosh

織り手、手織りの職人さん
Ms.Bilasini Muduli
Mr.Ashok Patra

※シルクのイカット、綿のダブルイカット織物のサンプルをオフィスに置いています。
インドのバンガロールにて実物を見たい方は、sarasvatmagazine [@] gmail.com までお問い合わせください。

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