『テイヤムはポリティクスと文化が絡み合い議論がなされる「アリーナ」である』と、文化人類学者の古賀万由里氏は書いている。

テイヤムを巡る旅で、沢山の「点」が見えた。旅から帰り、テイヤムがなぜこのような今の形で残っているのか、詳しい方達の書かれた資料を拝見しながら考察し、私なりにまとめてみようと思う。
まずは一般的にいわれる、ケララ州の他のインドには見られない特徴的な点は下の3つである。

  1. 共産主義
  2. ドラヴィダ文化と母系制
  3. 宗教別人口比率
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海への河口に近い、川沿いの民家。貧困問題はあるものの、カヌールの郊外や村の様子はあまり殺伐とした感じがない。

共産主義
実際に行ってみて、テイヤムが行われている地域は共産党支持者が多いことが分かった。右派(BJP)と争った左派(インド共産党マルクス主義派)が州政権を取り「平等」である政治、特に教育と医療・公衆衛生に力を入れて推し薦めた結果、ケララ州は先進国並みの、インド国内で一番高い識字率と、一番低い乳児死亡率を誇っている。(*1) インド独立後、州によって断行された土地改革に加え、経済の自由化で状況が変わり、テイヤム儀礼の祭祀権もかつての高位カーストから低位カーストに移っているという。先の記事で紹介した、カースト制度を否定するポッタン神話は政治的にも利用されている。(*2) 私が見たような村のお祭りの様相を呈するテイヤム儀礼は、これまで州政府と相性が良かったのかもしれない。

ドラヴィダ文化と母系制
古来ドラヴィダ文化は母系制度であった。19世紀末頃までケララ州の一部では、多くの家庭が母系で継承されてきた。女性の地位が他のインドの州と比べると相対的に高く、男女格差のない教育が普及することを助けた。(*3)
また、女神信仰の強かったドラヴィダ文化。ケララの土着の女神バガヴァティ/Bhagavathyはヒンドゥーの神として取り込まれた今でも重要であり、母なる神として村の寺院に祀られている。カラリパヤットゥの道場には、南西の角に扇形のプータラという7段の祭壇があり、そこには必ず守護神として女神が祀られているという。(*4) 女神ではないが、土着の英雄神ムタパン/Muttapanは一般的なヒンドゥーの神様らしくなくノンベジで飲酒の慣習を持っていたりもする。北からアーリア人が来てヒンドゥー文化が入る前にあった、ドラヴィダ人・先住民族の信仰のルーツがテイヤム儀礼には見られる。

宗教別人口比率
昔、このあたりは航路での香辛料貿易の玄関口となっており、中東・ヨーロッパとの交流があった。人々は新しいものを受け入れることに地理上の理由から慣れていた。宗教別人口比率がインド全土の(ヒンドゥー教 79.8% イスラム教 14.2% キリスト教 2.3% 他 3.7%)に対して、ケララ州の(ヒンドゥー教 54.7% イスラム教 26.6% キリスト教 18.4% 他 0.3%)という数字を見ると、互いに違う宗教が、より共存していることが分かる。(*1)
訪れた時、海沿いの同じ公園で、色々な宗教の家族連れがくつろいでおり、うまく折り合いをつけてやっているように見えた。テイヤムに関しても、千年以上の流れが途絶えなかったのは、人々は受け入れて適応することに長けていたのではないかと思う。

ここに、テイヤムパフォーマーの現状を知るのに象徴的なTimes of Indiaの記事がある。最近の2017年3月に書かれたものだ。

抄訳
ベッドに横たわる神:Sumesh Peruvannanに起こった話
人々が熱狂する中、神となる彼らは人間である。1人のテイヤッカーランが、儀式の際に登ったココナツの木から落ちた。複数箇所の骨折を負い、医療費は13万ルピー以上。だが、主催者側の寺院にも政府にも、彼らを財政的に支援するしくみはない。シーズン中数多く行われるテイヤムのうち、事故は少なくとも一定数は起きてしまう。テイヤムを代々受け継ぐテイヤッカーラン達は質素な生活をするコミュニティの出身者である。彼ら自身は、経済的に苦しく未来への不安が大きい。

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次のテイヤムの準備をする控え室。ピリッとした緊張感のある空気が流れていた。

テイヤムの未来
近年、テイヤムは舞台芸能としても評価されている。しかしそれはテイヤッカーラン達の考えというよりは、政治的に色々な思惑が絡み合い、現在に至っているという。

古賀氏の冒頭の言葉は、論文の中で以下のように詳しく説明されている。(*2)

引用
州政府および左派団体は、アートとしての価値を重視し、伝統保存のための舞台公演を支持した。一方、右派団体は、信仰と慣習を重視し、舞台公演に反対する。そこには、原理主義に反対し、世俗主義 (*5)を主張するコミュニストと、これに対抗するヒンドゥー至上主義(B.J.P)といったイデオロギーの対立がみられた。それだけでなく、コミュニズム対ファンダメンタルリズム、コミュニズム対資本主義、グローバリズム対ローカル・アイデンティティといった複数の対立が錯綜している。テイヤムはポリティックスと文化が絡み合い議論がなされる「アリーナ」であり、そこではテイヤムの伝統を保存させようとする動きが、逆に「新たなテイヤム」を創出していることを明示した。

それは、儀礼なのか?パフォーマンスアートなのか?
私がはじめて見た当初から抱いていた疑問の答えは、現在進行中で両方の意見がある、ということになる。

テイヤムは、過去には変わりゆく支配者や、押し寄せる時代の異なる文化を受け入れ、形を変貌しながら今の形を残している。先住民族文化であったり、ドラヴィダ文化といった思想のルーツを守りながら、ヒンドゥー社会としてのカーストの上下が神事で交わり、共存してきた。
現代、平等をうたう社会がある。新しい時代のテイヤムがどういう形をとって進化していくのか楽しみである。

写真・文=小林洋子

注釈
(*1)インド独立後の1957年、ケララ州は世界初の普通選挙で共産党州政権を実現した州として、西ベンガル州とともに知られる。ケララ州政府の民主主義と共産主義の融合政策は、社会開発として達成度の高い成果をあげたが、一方で、高度な教育を受けても州内に仕事が少なく(特に高学歴の女性)、失業率が高い。それにケララ州は自殺率も高い。識字率を向上させた背景には、KSSP(ケーララ民衆科学運動)による大衆運動が大きく貢献し、住民自らが地域資源をうまく管理していくための能力形成に大きな働きをした。
(*5)ケーララの共産主義やインドの世俗主義は一般的な共産主義や世俗主義と異なっているので注意。

参考文献
(*2)古賀万由里「南インドにおける儀礼と社会の変化:ケーララ州テイヤムを事例として (PDF) 」
(*3)喜多村百合「インド・ケーララ州における分権化政策と女性の政治・経済参加 (PDF) 」
(*4)高橋京子「カラリパヤット Kalarippayattu の諸相 – 南インド、ケーララ州におけるマーシャルアーツの実証的研究 (PDF) 」
Lakshmi R. Nair「UNDERSTANDING TRADITIONAL MEDIA : A CASE STUDY OF THEYYAM (PDF) 」
Johna Rose「Pottan Theyyam: Gods Dancing on Earth (PDF) 」

関連データ
識字率 インド全体 74.0% ケララ州 93.9%
乳児死亡率 インド全体 44/1000人 ケララ州 12/1000人
宗教別人口比率 インド全土(ヒンドゥー教 79.8% イスラム教 14.2% キリスト教 2.3% 他 3.7%) ケララ州(ヒンドゥー教 54.7% イスラム教 26.6% キリスト教 18.4% 他 0.3%)
失業率 インド全土 4.9% ケララ州 12.5% インドの全州の中で3番目に高い。
自殺率 インド全土 10.6/10,000人 ケララ州 23.9/10,000人。インドの全州の中で5番目に高い。
(2011 Census インドセンサスデータより)

情報提供
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